アクセスカウンタ
収穫の法則・未来貯金の会
メールアドレスを入力して登録する事で、このブログの新着エントリーをメールでお届けいたします。解除は→こちら
現在の読者数 25人
プロフィール
未来
幸せつかむ未来にノック
QRコード
QRCODE

和歌山の情報発信
ブログポータル

ログインはTOPページで
私も作ってみる


[PR] 和歌山情報ブログでチェックイコラブログ
[PR] 商品ページ1ページからリニューアル!!楽天ヤフーOK!現在キャンペーン


2011年12月31日

楽しむことができない

【人間の不幸】

何ものにも真剣になれず、
したがって、何事にも
己(おのれ)を忘れることができない。

満足することができない、
楽しむことができない。

したがって、常に不平を抱き、
不満を持って何か陰口を叩(たた)いたり、
やけのようなことを言って、

その日その日をいかにも雑然、
漫然と暮らすということは、
人間として一種の自殺行為です。

社会にとっても非常に有害です。
毒であります。


 『安岡正篤 一日一言』より(致知出版社刊)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

楽しみましょう。
楽しめるのは、人間だから・・・


今年も 、ありがとうございました。
私の根っこである・・・父親が、
・・・88歳の天寿を全うして逝きました。
父親がやつれていく姿は、私の行く先です。
それを見せつけられるのがつらく、自分で初老鬱と呼びましたが・・・
そんな状態となりました。
しかし・・

父逝く
人生ドラマ
満喫し



そう、思っています。
若い頃は、農業をしっかりし
40歳から教員になりました。
農業では、子どもを養っていけない現実があり、40歳から、転職することの大変さは、どのようなものだったのでしょう。
小学校や、補導センターで勤務し
退職後は、地域の文化センターのように自宅を開放し、
常に人が入ってくる様子でした。

月曜は、踊りの会。火曜は、写経の会、水曜は、囲碁の会・・・というように、
地域で生きた人でした。
仲人もずいぶんやりました。
多いときには、年に十組もしたように思います。今の結婚式は、お土産なども無くなりましたが、私の小さい頃は、それをしていただいてくるお寿司などが嬉しかったことを覚えています。


もちろん、長命で私がこの年になるまで生きていてくれたことを感謝しますが、それでもいくつになっても子どもであり、親です。
親が死ぬというのは、この私の年になっても、寂しいし、自分の根っこがなくなって、頼りなく感じ、それでも自分で立っていかねばならないし、同じように、何の役にも立てないが、自分の子ども達の根っことして、存在しなければいけないなあと思います。

社会的に生きる・・・・親の姿を見て、
私自身もそうなりたい者だと思っています。

今まで、ありがとうございました。
  

Posted by 未来 at 00:07Comments(0)