2012年08月09日
笑う者の運命は光のごとく輝く
「笑う者の運命は光のごとく輝く」
宅間正恭(たくま・まさやす=タクマ工務店社長)
先日、ある経営者が奥様を連れて事務所に駆け込んできた。自分の会社が倒産寸前となり、自殺を考えていたところ、ある人から私に会うことを勧められたのだという。見ると思い詰めた表情で、顔に死相を浮かべている。
私は彼にまず
「笑って死にたいか、泣いて死にたいか、どっちや?」
と尋ね、笑って死にたいと答えた彼を近くの堤防まで連れて行った。そして
「自殺するなら俺が見とったるで、ここで死ね。そのかわり一つ約束しよう。
一緒に一時間ほど笑おうやないか」
と提案した。
おかしなことなど一つもないのに、ただ笑うというのはなかなか難しい。私も必死だった。
しかし、初めは泣き笑いをしていた彼から、最後には本物の笑い声が聞かれ、別れ際には「もう死ぬのをやめました」という言葉を聞くことができ、ほっと胸を撫で下ろした。
* *
岐阜県大垣市で工務店を経営する私の元には、毎月50名を超える人たちが全国から訪れてくる。
事務所の上のフロアで行われる先祖供養祭と、締め括りに行う「笑いの練習」に参加するためである。
たとえ四面楚歌の状態でも、笑える人は必ず逆境を乗り越えることができる。これは66年の人生を生きてきた私の実感である。
笑うことの大切さを私に教えてくださったのは、生長の家創始者の谷口雅春先生だった。私が中学3年になったある日、父がこれを読め、と渡してくれたのが、先生のご著書『生命の實相』で、その中の一節に私は強く胸を打たれた。
「笑う者の運命は光のごとく輝き、しかめ面する者の運命は闇の底に沈衰する。
諸君はそのいずれを選ぼうとも自己の好みに委されたまったくの自由を許されているのである。
光となって輝きたい者は笑うがよい、闇の底に沈衰したい者は眉をしかめるがよい」
私は一人でも多くの人にこの教えを伝えたいと思い、高校時代は、生長の家の青年会活動に積極的に参加するようになった。先生のお話は非常にユニークで、何事も心の持ち方が大切だ、と常々おっしゃっていた。
例えば、登山の話をされる時はこんな調子である。
「皆さんは山を登ると思うからエラい(しんどい)んや。私は山がくだる、山がくだる、と思うから
ちっとも疲れない」
高校卒業後、名古屋の建設会社に就職した私に独立の決意を与えてくださったのも、やはり谷口先生だった。ある講習会で、先生は当時の日本の漁業に深刻な影響を与えた200カイリ問題に触れられ、
「遠くの海まで行かなくとも、“心”で魚たちを呼んで、日本の領海に来てもらえばいい」
と言われた。
同様に、仕事がしたい、人のお役に立ちたいという気持ちがあれば、必ずよい仕事が入ってくる。
私はそう考えて、36歳の時にタクマ工務店を設立した。
取引先との人脈もなく、当初は仕事の注文も皆無だったものの、「まず心に描け」という先生の言葉を思い出し、瞑目してお客様の相談に応じている風景をイメージした。
笑う門には福来たる、といわれるように、どんな時でもにこにこと笑顔を浮かべていると、人は必ず声を掛けてくださるものである。
おかげさまで仕事は年々増えていき、10年後には念願の会社組織にすることができた。
その恩返しにと、自宅の広間を「八笑道場」と名づけ、冒頭に紹介した先祖供養祭と笑いの練習を定期的に行うようになった。
さらに会社でも、毎日昼と夕方に15分間ずつの唱和を行うようにした。
「繁栄だぁ、健康だぁ、千客万来大喜びだーっ」
と言って、皆でワッハッハ、ワッハッハ、と笑うのである。
そのおかげか、深刻な不況が続く建築業界にあって、当社にはお客様から様々なご依頼をいただいている。
* *
ところで、八笑道場には様々な悩みや苦しみを抱えた人たちがやってくるが、私自身もその例外ではない。
いまから7年前のことだった。私の会社で働いていた次女が、交通事故で非業の死を遂げたのである。
事故原因は、運転をしていた若者のスピード違反と脇見運転によるもの。
まだ28歳の若さで、二人の幼子を残したままという悲痛な状況だった。
私の妻や娘の主人は、半狂乱になって次女の死を悲しんだ。
しかし、ここで私までがパニック状態に陥るわけにはいかず、傷ついた家族を何とか支えていこうと気を奮った。
そして
「肉体はなくなったけれども、魂は生き通しや。
この世を早く卒業しただけやから、悲しんだらあかん。
相手を恨んだらあかん」
と言って聞かせ、皆、想像以上に早く、深い悲しみから立ち直ることができた。
谷口先生はご著書の中で
「幸福でもないのに笑えないというな。
笑わないから幸福が来ないのである」
とも述べておられる。
これまでの人生はいいことがなかったからもうダメだ。どんなことをしてもよくならないと悲観している人をよく見かけるが、人の人生は果たして“過去”によって決まってしまうものだろうか。
どんなに苦しいことや辛いことがあっても、自分の人生は“未来”からやってくる。
そう考えていつもにこにこと笑っていれば、きっと運命は好転する。
すべての幸福は、笑うことから始まるような気がしている。
『致知』2010年5月号「致知随想」 転記
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
娘の誕生日。
東京で、ひとりでがんばっている娘。親ながらよくまあ、自立出来ていることに感心している。
しかし、曇る顔になることも多々あろう。そのときに何度もよんでもらおうと思って・・・
娘に贈るお話をここに載せた。
宅間正恭(たくま・まさやす=タクマ工務店社長)
先日、ある経営者が奥様を連れて事務所に駆け込んできた。自分の会社が倒産寸前となり、自殺を考えていたところ、ある人から私に会うことを勧められたのだという。見ると思い詰めた表情で、顔に死相を浮かべている。
私は彼にまず
「笑って死にたいか、泣いて死にたいか、どっちや?」
と尋ね、笑って死にたいと答えた彼を近くの堤防まで連れて行った。そして
「自殺するなら俺が見とったるで、ここで死ね。そのかわり一つ約束しよう。
一緒に一時間ほど笑おうやないか」
と提案した。
おかしなことなど一つもないのに、ただ笑うというのはなかなか難しい。私も必死だった。
しかし、初めは泣き笑いをしていた彼から、最後には本物の笑い声が聞かれ、別れ際には「もう死ぬのをやめました」という言葉を聞くことができ、ほっと胸を撫で下ろした。
* *
岐阜県大垣市で工務店を経営する私の元には、毎月50名を超える人たちが全国から訪れてくる。
事務所の上のフロアで行われる先祖供養祭と、締め括りに行う「笑いの練習」に参加するためである。
たとえ四面楚歌の状態でも、笑える人は必ず逆境を乗り越えることができる。これは66年の人生を生きてきた私の実感である。
笑うことの大切さを私に教えてくださったのは、生長の家創始者の谷口雅春先生だった。私が中学3年になったある日、父がこれを読め、と渡してくれたのが、先生のご著書『生命の實相』で、その中の一節に私は強く胸を打たれた。
「笑う者の運命は光のごとく輝き、しかめ面する者の運命は闇の底に沈衰する。
諸君はそのいずれを選ぼうとも自己の好みに委されたまったくの自由を許されているのである。
光となって輝きたい者は笑うがよい、闇の底に沈衰したい者は眉をしかめるがよい」
私は一人でも多くの人にこの教えを伝えたいと思い、高校時代は、生長の家の青年会活動に積極的に参加するようになった。先生のお話は非常にユニークで、何事も心の持ち方が大切だ、と常々おっしゃっていた。
例えば、登山の話をされる時はこんな調子である。
「皆さんは山を登ると思うからエラい(しんどい)んや。私は山がくだる、山がくだる、と思うから
ちっとも疲れない」
高校卒業後、名古屋の建設会社に就職した私に独立の決意を与えてくださったのも、やはり谷口先生だった。ある講習会で、先生は当時の日本の漁業に深刻な影響を与えた200カイリ問題に触れられ、
「遠くの海まで行かなくとも、“心”で魚たちを呼んで、日本の領海に来てもらえばいい」
と言われた。
同様に、仕事がしたい、人のお役に立ちたいという気持ちがあれば、必ずよい仕事が入ってくる。
私はそう考えて、36歳の時にタクマ工務店を設立した。
取引先との人脈もなく、当初は仕事の注文も皆無だったものの、「まず心に描け」という先生の言葉を思い出し、瞑目してお客様の相談に応じている風景をイメージした。
笑う門には福来たる、といわれるように、どんな時でもにこにこと笑顔を浮かべていると、人は必ず声を掛けてくださるものである。
おかげさまで仕事は年々増えていき、10年後には念願の会社組織にすることができた。
その恩返しにと、自宅の広間を「八笑道場」と名づけ、冒頭に紹介した先祖供養祭と笑いの練習を定期的に行うようになった。
さらに会社でも、毎日昼と夕方に15分間ずつの唱和を行うようにした。
「繁栄だぁ、健康だぁ、千客万来大喜びだーっ」
と言って、皆でワッハッハ、ワッハッハ、と笑うのである。
そのおかげか、深刻な不況が続く建築業界にあって、当社にはお客様から様々なご依頼をいただいている。
* *
ところで、八笑道場には様々な悩みや苦しみを抱えた人たちがやってくるが、私自身もその例外ではない。
いまから7年前のことだった。私の会社で働いていた次女が、交通事故で非業の死を遂げたのである。
事故原因は、運転をしていた若者のスピード違反と脇見運転によるもの。
まだ28歳の若さで、二人の幼子を残したままという悲痛な状況だった。
私の妻や娘の主人は、半狂乱になって次女の死を悲しんだ。
しかし、ここで私までがパニック状態に陥るわけにはいかず、傷ついた家族を何とか支えていこうと気を奮った。
そして
「肉体はなくなったけれども、魂は生き通しや。
この世を早く卒業しただけやから、悲しんだらあかん。
相手を恨んだらあかん」
と言って聞かせ、皆、想像以上に早く、深い悲しみから立ち直ることができた。
谷口先生はご著書の中で
「幸福でもないのに笑えないというな。
笑わないから幸福が来ないのである」
とも述べておられる。
これまでの人生はいいことがなかったからもうダメだ。どんなことをしてもよくならないと悲観している人をよく見かけるが、人の人生は果たして“過去”によって決まってしまうものだろうか。
どんなに苦しいことや辛いことがあっても、自分の人生は“未来”からやってくる。
そう考えていつもにこにこと笑っていれば、きっと運命は好転する。
すべての幸福は、笑うことから始まるような気がしている。
『致知』2010年5月号「致知随想」 転記
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娘の誕生日。
東京で、ひとりでがんばっている娘。親ながらよくまあ、自立出来ていることに感心している。
しかし、曇る顔になることも多々あろう。そのときに何度もよんでもらおうと思って・・・
娘に贈るお話をここに載せた。
Posted by 未来 at 21:00│Comments(0)